大判例

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東京高等裁判所 平成4年(ネ)4951号 判決

第四九五一号事件控訴人(被告)

磯秀幸

ほか一名

第九一号事件控訴人(被告)

安田火災海上保険株式会社

第四九五一号事件、第九一号事件被控訴人(原告)

長島静江

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人磯秀幸、同金井郁夫は、被控訴人に対し、各自、金七六一万六九四八円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人安田火災海上保険株式会社は、被控訴人に対し、金七六一万六九四八円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の求めた裁判

一 控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人らの敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

二  事案の概要

1  本件は、交通事故により傷害を破つた被控訴人が、加害車両の運転者である控訴人に対しては運転に過失があるとして民法七〇九条により、運転者の使用者であり、右車両の保護者である被控訴人に対しては自動車損害賠償保障法三条本文又は民法七一五条により損害賠償請求を、保険会社に対しては保険契約に基づき保険金の請求をしたところ、原審は、請求の一部を認容したので、控訴人らが控訴した事案である。

以上のほかは、原判決「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。但し、次のとおり訂正、付加する。

(一)  原判決二枚目裏五行目の末尾の「た」を削る。

(二)  同三枚目表八行目の「無保険者」を「無保険車」に改める。

(三)  同三枚目裏九行目の「被害車」を「被控訴人車」に改める。

2  当審における主張

(一)  控訴人磯、同金井

1 控訴人磯は、赤信号で停止後、前の車両の発進に従つて前方に発進したものであり、偶々、控訴人車両の左側に入り込んだ被控訴人に対し、本件事故のある得ることを予想して車両を運転しなればならない業務上の注意義務はなく、本件事故につき控訴人磯に過失はない。

2 本件現場の歩道寄りアスフアルト路面は、轍により凹凸があるうえ、右路面とL字型側溝との接点には微妙な段差があるため、五〇ccの原付自転車の走行はハンドルが取られて不安定な状態にあつた。被控訴人は、発進時にハンドルを取られ、左歩道の縁石にステツプを接触させた後右に振られて控訴人車の左バンパーに自動の右ハンドルを接触させ、身体を投げ出されて右下肢を轢過されたものであり、専ら、被控訴人の不注意により発生した事故である。

3 仮に、控訴人磯に過失があるとしても、同控訴人の過失に比べ被控訴人の不注意は遥に重大であることを過失相殺に当たり考慮するべきである。

(二)  控訴人会社

1 本件路面(並進する他車の通過する路面)の荒れ(凹凸)は、控訴人磯の車自体の走行に何ら危険を及ぼすものでないから、右路面状況に注意を払う必要はない。したがつて、控訴人磯は、左側方の確認をしても、本件事故の予見可能性はなく、また予見義務もないから、同人には過失責任はない。

2 仮に控訴人磯に過失があるとしても、その過失は軽度であり、被控訴人は、自車の走行に影響を及ぼす路面状況に十分な注意を払わず、適切な回避措置を怠り本件事故を惹起したものであるから、その過失は重大であり、この点は過失相殺に当たり考慮すべきものである。

(三)  被控訴人

本件事故は、控訴人磯が発進時に左前方等の安全の確認を怠り漫然と発進したことにより発生したものである。仮に、被控訴人が、控訴人車の左側方にいたとしても、左側の安全確認を怠つた過失は大きい。

三  当裁判所の判断

1  本件事故に至る経緯、事故の状況

原判決説示の理由のうち、同判決五枚目表一一行目の冒頭から同七枚目表一行目の末尾までを引用する。但し、次のとおり訂正付加する。

(一)  原判決五枚目裏九行目の「五・五メートル進んだ地点で」を「間もなく」に改め、同一〇行目の「発生した。」の次に「右接触地点は、歩道の縁石の端から車道上〇・九メートルの地点である。」

(二)  同六枚目表六行目の「車線」を「車道」に改める。

(三)  同六枚目裏九行目の「供述しており、」の次に「控訴人車の運転席から左前方と左側方方面は見通しが良く、ほぼ死角というべきものはないことを考慮すれば、」を加え、同一一行目の「左側ないし」を「助手席左横を確認したことは認められるものの、」に改める。

(四)  同七枚目表一行目の「い。」の次に「控訴人磯は、発進後一四メートル位進行したときにガチヤンと音がしたので左後方をミラーで見たところ、運転席から約三・三メートル位後方歩道寄りの地点に転倒中の被控訴人を見た旨供述しているが、右供述は事故の状況につき具体的であるだけでなく、本件事故直後からほぼ一貫しており(甲三、四、控訴人磯本人)、信用することができる。なお、控訴人磯、同金井は、本件事故に至る経過について、控訴人らの当審における主張2のとおり主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。」を加える。

(五)  同七枚目表二行目の冒頭から同四行目の末尾までを次のとおり改める。

「以上を総合すると、被控訴人は、被控訴人車の左側(控訴人車の車長は約七・八メートルあるが、その運転席の横後部付近から後輪の手前付近までの間)に信号待ちのために停止していて、発進直後に控訴人車と接触したものと推認することができる。被控訴人の供述中、右認定に反する部分は、前掲証拠に照らし採用し難い。」

2  控訴人らの責任

原判決説示の理由のうち、同判決七枚目表六行目の冒頭から同七枚目裏三行目の「必要がある。」までを引用し(但し、同七枚目表一〇行目の「通常」を削る。)、その次に次のとおり加える。

「控訴人磯は、原審の本人尋問において、発進時に左側のサイドミラーを見て左側方、即ち控訴人車の左の前から後までちらつと確認した旨述べるものの、他方、サイドミラーによる確認について助手席の横だけを見ていたので、その後ろに車があつたかどうかは分からないとも供述しており、控訴人磯が、発進時に控訴人車の左側後方の控訴人車の有無を十分に確認したことについては同控訴人の供述自体に曖昧な点がある。また、控訴人磯本人は、本件事故直後の実況見分では、停止地点や被控訴人が転倒するのを見た地点を指示説明するに止まつており、また、司法警察員に対する供述では、信号待ちのための停止時に車両の左側と前面を確認したと述べるものの、発進時の左側の後方確認には触れておらず、かえつて『私が発進する時、前方の信号を見ながら発進したことが失敗でした。』と述べている。これらの供述内容に照らすと、控訴人磯は、控訴人車の発進時、左側方ないし後方の十分な安全確認をしなかつたものと認められる。

そして、前示のとおり、控訴人車と左側方の歩道と間に二輪車が進入することは予想できることであり、二輪車が進入している場合には、両車が発進し進行する場合には歩道との間隔が狭く接触事故の生じる可能性は十分に考えられるから、控訴人磯は左側方ないし後方の二輪車の有無を確認し、被控訴人車が進入している場合には控訴人車の発進に当たり、控訴人車との接触による本件事故を避けるための適切な措置を講じるべき注意義務があるというべきである。しかるに、被控訴人磯は、控訴人車の左側方ないし後方の車両の有無の確認をする注意義務を怠つた過失がある。控訴人らは、被控訴人磯に左側後方の確認義務がないと主張するが、前示のとおり理由がない。

したがつて、控訴人磯は、民法七〇九条により、同控訴人の使用者であり、控訴人車の保有者である控訴人金井は自動車損害賠償責任法三条本文又は民法七一五条により、被控訴人が本件事故により破つた後記認定の傷害(遅延損害金を含む。)を賠償する義務があり、控訴人会社は右同額の保険金を支払う義務がある。」

3  過失相殺

被控訴人には、被控訴人車と歩道との間の幅員〇・九平方メートル位の狭い部分を走行にやや不安定さのある原付車をもつて大型車の控訴人車と並進することになり、接触による事故発生の危険の高い状態になることが予想できたのに、控訴人車の通過を待つなどして危険を回避することをしなかつたこと、被控訴人車は、発進時いくらかふらついたことが認められ(甲五)本件事故の発生は、被控訴人車が控訴人車の進路に寄つたことも接触の原因になつていると見られることを考えると、被控訴人にも本件事故の発生については不注意な点があつたというほかなく、これを斟酌して、被控訴人の損害の五割を過失相殺により減ずるのが相当である。

4  損害

原判決九枚目表九行目の冒頭から同一一枚目表九行目の末尾までのとおりであるから、これを引用する。但し、次のとおり訂正付加する。

(一)  原判決九枚目裏三行目の「一六の一、」の次に「一七、」を加える。

(二)  同一一枚目表四行目の「二八五四万四〇三二円」を「二一九五万六九四八円」に、同五行目の「三割五分」を「五割」に、同六行目の「一三五一万四〇三二円」を「六九二万六九四八円」に、同八行目の「一三〇万円」を「六九万円」に、同九行目の「一四八一万四〇三二円」を「七六一万六九四八円」にそれぞれ改める。

5  よつて、控訴人磯、同金井は、被控訴人に対し、各自、損害賠償金七六一万六九四八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年七月二三日(記録上明らかである。)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、控訴人会社は、被控訴人に対し、保険金七六一万六九四八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年七月二三日(記録上明らかである。)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四  以上のとおり、被控訴人の本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却し、これと判断を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九三条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤滋夫 宗方武 水谷正俊)

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